築さん、おはようございます。ごめんなさい、朝ごはん、もう少し待ってくださいね
ん、あ、ああ
僕が遅い朝を起きるとれい子は朝食の準備をしている、僕が遅く起きてきたのに朝食ができていないところを見るとれい子も遅かったようだ。昨日は久しぶりに、れい子とセックスした……のだが。
れい子、昨日はその、済まない
僕が謝るのを、彼女は少し困り色を残してはにかむ。
いいえ。築さんは何も悪くありません。お仕事で疲れてらっしゃるんですよ
……ああ
途中で萎えてしまって最後までできなかったのだ。その後は挿入しないまま愛撫やキスを続けて結局夜更ししてしまった訳だが、彼女にとっては不本意だっただろう。〝最後のチャンス〟なんて彼女は言ったが、あれからもう何度もセックスしていた;彼女のほうが求めてくるのだ。だが、そのたびに僕はこうして謝ることになっていた。僕の下半身は、れい子ではイけなくなっていたのだ。それが歳のせいではないことも、仕事の疲れでないことも、よくわかっている。
おはよ
おはよう、茅野
この天使のせいだった。れい子がこのことを知ったら、蔑むだろうか。でも仕方がないんだ、茅野の魅力は抗い難いものがある。強制力と言っても良いかもしれない。清らに純んだ聖なる存在だというのに、僕の脊髄からずるりと劣情を引き摺り出してくる。抵抗できない。そして茅野の体を穢すたびに、れい子とのセックスでの絶頂が遠のいていった。今では、もう、この体たらくである;劣情を引きずり出され続けた結果、骨まで抜かれてしまっている。
遅い朝食の匂いを嗅ぎつけて台所までやってきた茅野に、れい子はやはり厳しい言葉を投げかけた。
茅野さん、おはようございます、でしょう?何度言ったらわかるんですか。築さんは、あなたの友達じゃないんですよ。
れい子、構わないよ
いけません!築さんはこの家の主人なのですから、威厳を持っていただかないと。だいたい、築さんがもっとしっかり茅野さんを―
とばっちりが僕に飛んでくることもしばしばだった。
茅野はれい子の言葉を聞いているのか聞いていないのかよくわからないように、つまり半ば無視している。つん、とれい子の言葉を他所に、茅野は僕の足にしがみつくようにして隠れてみせる。れい子に対する抵抗的な態度と、同時に僕の体にすり寄る行動。まるで人間社会の渡り方を覚えた猫のようだ。そして、そのことが余計にれい子を苛立たせる。
この白痴女。言ってわからないようなら、こちらにも考えがありますよ!
れい子が声を荒げると、しかし素知らぬ様子でふらりと台所を出て二階に戻っていった。
れ、れい子、落ち着くんだ。知恵遅れの子供相手に本気で怒るんじゃない
築さんは、茅野さんに甘すぎます!
う
そう言われてしまうとそうかも知れない、
だが、彼女は朝ごはんを食べに降りてきていたはずだ。それを食べずにに階に戻ったということは、れい子が激高していることも、それが自分のせいであることも、理解しているのだ。それに気付いているかられい子も余計に怒るのかもしれない。茅野がれい子の怒りを理解しているのだとするなら、と考えると、形容し難い不穏な予感を抱いてしまう。
れい子、最近急に茅野に対して冷たくなったんじゃないか?前はもっと……
急にではありません!
「そ、そうなのか?(冷たいことは認めるのか)」僕が認識している範囲で言えばそう昔からのことではないのだが、れい子の主張は違うようだ。
茅野さん、前から、私に酷いことを言うんです
酷いこと?
その、悪口を
茅野が?僕に対してもほとんど口を利かないのに。むしろ好かれているんじゃないのか?
とんでもありません!私、これでも我慢してきたんです!でも、最近特に酷くて
どんなことを言われたんだ
例えば、〝おばさんはもういらない〟とか〝うまずめのくせに〟とか。
……れい子、僕等ももう若くはないぞ。悪気があって言っているわけじゃないかもしれないし。だが、石女だなんて言葉、何処で覚えたんだろう
何処で覚えたかなんてどうでもいいんです!
あ、ああ、うん。そうだな
れい子には、そんな言葉を何処で覚えてきたのかと疑る僕が、茅野の成長を嬉しがっているように見えたのかもしれない。
しかし〝石女〟とは随分な言葉を……本当に茅野がそんな言葉を言ったのか?簡単な、それも自分の身の回りで飛び交い、自分に関係する言葉しか言わないような知恵遅れの女だっていうのに。れい子の妄想だ、とも考えづらかったが、石女なんていう言葉を茅野が言ったというのもまた想像し辛い。
昨日の夜はあんなに愛し合った(中折れこそしたが……)というのに豹変したれい子を前に、僕はしどろもどろになって彼女の対応に窮してしまう。れい子は険しい表情を浮かべ、言うべきか言わざるべきかと迷うように口を動かしながら、ついにそれは口をついた。
築さん、これは……本当は聞きたくなかったのですが
なんだい
これを聞いたら、なんだか、終わりになってしまうような気がして
何が終わるっていうんだ、どうした
嫌な予感がする。
茅野さんと、セックス、されているんですか?
なんだって?
茅野さんが、言っていました。〝れい子がみてないときに、あたい、きずくとせっくすしてる〟って
背筋を、嫌な汗が流れたり、は、しなかった。それよりも、腑に落ちないことだらけで、疑問ばかりが駆け巡っている。告げ口?茅野が?茅野は僕の言いつけを聞いて秘密にしている筈だ、それを全幅に信用している訳ではないにせよ、そんな知識自体がないものだと思っていたのだ;僕から言葉として教えたこともない。行為自体を覚えていたとして、秘密にするよう伝えたことを茅野が破るともやはり考えづらいし、何よりそれをれい子に告げることにどんな意味があるのかなど、知りようがない……筈だった。
これは、れい子の狂言かもしれない。何故?それが茅野への冷遇と関連しているのか?何故最近になって彼女の言動に変容が現れたのか、その原因はわからない。だが、その追及は今は一旦問題ではなかった。
築さん?
ああ、何を言っている。茅野は癲狂なんだ、話半分で流してやれ。真面目に聞いていたら、君が持たないぞ
……わかりました
だが、その翌日起きるともう、れい子の姿は家になかった。
朝餉の香りが漂わない台所をぼんやりと眺めていると、茅野を女神と評した八雲さんのあの声が、やかましいほどに僕の頭の中に反響した。
あっ、チー、駄目だよそんなに激しく動いたらまた、取れ……
体の部位に対して〝取れる〟という言葉を安易に使ってしまいそうになった;それくらい今のチルノの体は脆い。それでもチルノは体を起こしてどこかに、行こうとしている;呼ばれている、そう言った。チルノとは随分長い付き合いになる、秋も冬も春ももう数え切れないくらい過ごしてきたけど、こんなのは今までになかった。60年目、でもそのサイクルだって何度も経験してきた;例年、いや過去の60年毎の節目を幾つ振り返っても、一度だってこんなことはなかった:体が取れてしまうだなんて。八意先生の言葉を借りるのなら、溶けている、それも、つながっているにも拘らず。ボクには意味がさっぱりわからないけれど。今、チルノの体には60年周期に訪れる変化とはまたもっと別の何かが、迫っているに違いなかった。
取れるもんは取れるでいいんだよ、取れるんだから
う、うーん
本人にそう言われてしまうと、取り付く島もない。
いつまでもボクの家に置いとくわけにも行かないので、彼女の家に場所を移した。ローリーも、ルーミアも心配そうにしていて、特にローリーは、レティさんのところに行きたがらないチルノ(あるいは行かせようとしないボク)に、徹底的に反対している。手がかりがあるかもしれないのに行かないなんて信じられない、りっくんも頭おかしいんじゃないの?って。返す言葉もない。だがルーミアは案外反対的な言葉を口にしなかった。このまま立場の亀裂を放置しても全員にいいことがないに決まっている。近い内にはっきりとさせなければならないだろう。はっきり。一体何をどう行動すれば、はっきりとした行動になるのだろう。
先生にもらった薬、ちゃんと飲んでる?
飲んでるよ
ホントかな……こないだゴミ箱に捨ててあったんだけど
やっぱ目が見えないのは辛いな。少しは見えるんだけど、あー、目ン玉溶けてるなこれ
そう言って残った手で手鏡を顔にくっつくほど近づけて、ボクのメガネを勝手に使って、自分の眼球を覗き込んでいる。八意先生の薬は、解熱剤以外にも後から色々と追加されている。それでも、症状の進行をゆっくりにするだけで、悪化自体は免れていないようだった。それでも、悲壮な声はなく、なんていうか八意先生の言い方に似ている、つまり医者のように客観的な物言いということだ。やっぱり今のチルノは自分の置かれた状況に対して全く妙に他人事のように振る舞っていた。それは「周囲に心配掛米とするいじらしい気遣い」ともどうやら違うようである。
香霖堂に商品として蓄積された外の世界からの漂流物、その多くは紫太妃とその側近が〝幻想郷の停滞を防ぐ緩やかな変化のために必要な社会的刺激〟として結界付近に漂着するものを処分せず横流ししているものだ。その中にあった外の世界の書籍に掲載された「北極海」と言う氷を浮かべた巨大な海の写真。チルノの目の色を表現するなら、あの色が一番似合いだと思う。きれいな青だが、しかし、透明すぎない、氷の白い点が散財し、青の度合いも強すぎないところに、生気を感じる。だが今のチルノの目は全く違っていた。あまりにも、透明な青だ。白い氷の点も見えず、平坦で澄んでいるのに深みがない。眼球の中に、瞳の構造が見いだせなくなろうとしている;そう、彼女の視力は今極端に落ちていた。トイレにいくのだって転びそうになる、「うちのトイレなら真っ暗でも行けるのに」なんて事も無げな文句を言うけれど、それくらいもう見えていないのだ。転んでしまおうものならまた別のどこから取れてしまうかもわからない、ボクが手を取って彼女をトイレに連れて行く、手がかかってしょうがないけれど、それもまた、チルノに対してなら、いいかなと思ってしまう。彼女は普段は強情で、バカだと言われ続けることに反発するように存外に独立心が強い。一人でするのは難しいかもと言うことも強情に一人でやろうとして、そして失敗するのだ。だから、単純にトイレにイくことにさえ、素直にボクの手を頼って来る彼女は、なんとも哀れで、同時に、彼女は怒るだろうけどいつもよりも素直で可愛らしいと、思えてしまっていた。
いかなきゃ
え?
振り向いて彼女を見て、ああまた、と思った。最近、意識がしっかりしてるときとなんだか朦朧としているときが、頻繁にそして突然に入れ替わる事が出てきているのだ。ちょっとの間口を開かなかったと思うと、次に口を利いたときにはまるで何かに取り憑かれているみたいにふわと上の空になっている。しばらくすると再び、はた、と元に戻る。体と同じことに、なっているのかもしれなかった。
漸減する視力がいよいよ払底しそうという、透明すぎて光を返さない虚ろな目を彷徨わせるようにしながら、手を伸ばしている。それはボクに手を取って欲しいという合図、彼女の手を握り返して、聞く。意識が薄れているとき、光を失いつつある彼女の目は、まるで正しいかのように見えてしまう。そんな残酷な〝正しさ〟は受け入れられないはずなのに、心のどこかに、チルノがこうして身体機能を失っていくことを、受け入れているような自分がいる。信じられない、なんて薄情なのだろうか。もし、彼女を……いや、チルノじゃなくてもきっと誰でもそうだ、親しい存在が病に倒れあるいは死別したとして、そのことをこんなにあっさりと受け入れるなんて、情に欠けるとしか思えない。
チー?
いかなきゃ
いかなきゃって……どこに?八意先生の処?
よばれてるんだ
だから―誰に?
行かなきゃ、という彼女を見ると、口を半開きにしたまま何か宙に視線を送っている。視力を失いつつある彼女は、普段視線を一点に留めることはない;まるでふわ浮かび流れる何かを追いかけるように、目と顔の方向は揺れ続ける。でも、この状態のときはまるで斜め上に何かがあるみたいに、ぴたりと視線を止めるのだ。その透明すぎる瞳を。意識と無意識の中間みたいな、朦朧とも自失とも違う、そう、覚醒したまま夢遊するような様子、呂律も相当に緩んだ口調で、チルノは言う。呼ばれている;〝誰に〟かは、見当はついていた。
……レティさんのところにいけば、チーのからだは、治るの?
彼女の求める行き先が白雪留めの権精霊の下であることは、チルノを知る者であれば当然の帰結だが、ボクの中にもやと渦巻いたままの気持ちは説明できそうにない。なんで、こんなにも忌避感があるのだろう。彼女は当初レティさんのところに行くのを嫌がっていたはずだ。その理由もわからないが、ボク自身が彼女にそれを望んでいない理由もわからない。結果として、この身体が断絶する現象にいついて白雪留めの権精霊の助言を聞くということは暗なる合意を以て避けられていたが……彼女はそれを変更した;白雪留めの権精霊の下へ参集しなければならないと言い始めたのだ。それは彼女の体に起こっている変化が、もうそうでなければ収拾がつかないということなのだろうか。もしそれがYESであれば、ボクとてそれ以上強固に反対する理由もない。ただそれは、白雪留めの権精霊の傍にチルノを近付けることへの、正体不明で強烈な嫌な予感が、ただの思い過ごしであれば、だ。
もし、レティさんならチルノを治せるというのなら、行こう。でも……そうじゃないんじゃないの?
ボクの問にチルノは何も返さない。今のチルノがまともに会話できているとは思えないが、ボクにはどうしても彼女が「なおらない」と言っているように見えてしまう。今までとは何かが違う、でも、何が違う?
まいとしやってることなんだ。
行かなきゃ、ってそういうこと?チーを治してくれるんじゃなくて?こんなこと、毎年はやってないじゃないか。今は秋でも冬でもない。どうして呼び出されるんだ、おかしいじゃないか。
レティは、あたいの―
チーは行かなくていい、ボクが行ってくる。それで納得の行く回答が得られれば、そのときにチーを連れて行く。
割り込んで、チルノの言葉を潰した。レティさんがチルノにとってどんな存在であるか、聞き入れるつもりはない;そんなことはボクには関係がない。そして、納得がいく回答が得られなかったら、の続きも手元にはなかった。今のボクはただ都合の悪いことから耳を塞いでいると言われてしまうだろう;ボク自身こんな振る舞いが信じられない、チルノに対して今までボクはこんなにも横暴に振る舞ったことがあっただろうか……あったのかもしれないけど。
もしかしてボクは、チルノに対してひどいことをしているのかもしれない。治る見込みのある治療を、遠ざけているのかもしれない。
もしかして、ボクがチルノを殺そうとしているのか。
ちがう、こんな事になったのはボクのせいじゃない。
だったら、誰のせい?
いつものように窓の外をぼうっと見ている茅野。その後ろから僕も空を見てみるが、相変わらず僕にはこの景色のどこが良いのかさっぱりわからない。まるで鍾乳洞の天井のように重暗く垂れ込め、地球上の生き物を閉じ込めようとしている気味の悪さがある。眩しい日光という概念はすでに失われており、だというのに大気圏は灼熱を続けている。この空を見ていても、絶望を思い直すだけだ。
地球の温室化は増々悪化しており、ニュースによれば自然を自然のまま享受することを諦め、むしろ大気圏内の熱を利用してエネルギーを抽出し完全に人工な環境で人間を封入しようという意見さえある。赤道下に高反射の構造物を配置すれば間だ間に合うとの楽観論もあるが、何れにせよ今の人間に、この危機を脱するための協調性が備わっているとは思えない。事態は年ごとに明確に悪化していた。
だが、悪化の一途を辿るのが同じなら、もうボクの興味は地球にではなく、茅野の方に向いていた。彼女の容態も、悪化が続いていた。あまり自分の状態を上手く言葉に出来ないこともあるのだろう、元気な内は病を全く思わせない様子だったが、いよ不調を訴えるようになってきている。蒼白な顔は元から彼女の持ち物だったように思っているが、今はそれも一入。〝彼女の体は溶け始めている〟医者からの言葉がいよいよ重みを増し始めていた。
茅野、ちょっとまっていなさい。こっちのことを終えたらすぐにご飯と、お薬だ。
状態の悪化というのなら……れい子は戻ってきていない、恐らくもう戻ってくることはないのだろう。一体何があったのか、僕は結局はっきりとしたことを聞くことは出来なかった。茅野が彼女にとって重荷だったのだろうことはわかるが、余りの変貌にそれだけだったのかと疑ってしまう。少なくとも、れい子のポイント・オブ・ノーリターンはすでに通過してしまったのだ。僕に出来ることはきっともう、ない。
郵便受けに、あとは僕が必要な箇所に記入し押印して提出するだけの離婚届が投函されているような気がして、毎朝隙間から新聞だけを抜き取りその他のものには敢えて目を向けないようにしていた。情けない。でも、どこかでホッとしている自分がいる。
れい子がしていた家事一切を自分でやりながら、仕事もしなければならない。幸い仕事はお国が金を出してくる研究で、勤務も自営業のような実態だ;時間そのものは割くことが出来る。楽ではないことはわかっていたが実際にやってみると大変なものだ。
次は掃除か。今日は楽な掃き掃除メインだ、昨日よりは楽だな
男というのはこうも細やかさがないのだなと痛感する。女というのは、やはり気が利くものなのだろう。きちんとやる、と決めてたしかにきちんとやっている掃除にせよ、洗濯にせよ、それに料理にせよ、はたと気付けば細々としたところで必ず至っていない。次は気をつけてやろうとしても、必ず、どこか小さなやり残しを発見する。れい子はこんなことはなかった。これが男女の差なのか、それとも単に僕がずぼらなだけなのか、正確なところはわからないが。
僕が掃除に取り掛かろうとすると、二階の窓の傍からいつの間にか降りてきた茅野が、横に立ってぴょんと跳ねている。
きずく。そうじ、あたいがやる
こら、寝ていないとだめだろう
京都百廿階に連れて行ったのが原因、というわけではないだろうが、彼女の容態は悪化している。窓の前にいても、気付けばその場で発熱して突っ伏している事が増えた。きもちわるい、と言って一日中寝ていることもある。それでも彼女は窓の傍に齧りつこうとする;本当に、そこが自分の居場所なのだと訴えるように。窓を開けたり、閉めたり、それが自分の仕事なのだと訴えるように。加えて、最近はれい子から教えられた家事をやろうとしだすのだ。僕がやっていても、こうして横に立って自分がすると言い出す。
寝ていろ、と言っても白い頬を少し赤くして膨らませて、不満そうにしながらなかなかベッドに入ろうとしない。無理に連れていき押し込むようにベッドに入れて家事を始めると、また横にいる。〝きずく。ごはん、あたいがつくる〟そうしてまたベッドに押し戻すのだ。事あるごとに彼女をベッドに押し戻す作業が割り込んできて、全く家事ははかどらない;かと言って茅野にやらせるわけにも、行かない。
あたい、れい子のかわり
はは。優しいね、茅野。でも無理はだめだ、寝ていなさい。調子が悪いんだろう?
ちょーし、わるくない
嘘を吐くな……ほら、熱があるじゃないか
ねつ、へいき
平気じゃない、僕が言って茅野の肩を押して彼女を二階の窓の傍の寝床へ向かわせようとするが、頑として聞かない;こんなことは珍しい。やーぁ、と小さい体を捻って僕の手を逃れ、どうしても掃除をしようというのらしい。新設で手伝ってくれるというのはとても有り難いしいじらしくて愛おしいが、体に負担をかけるわけには行かない。仕方がないので、少しだけ作業してから頃合いを見て、〝これで終わり!ありがとう!〟と気持ちよく帰すのが良いだろう。雑巾を手渡して「じゃあ床掃除だ」と伝えると、張り切ったような得意顔の鼻をひくさせて、板張りの床の雑巾がけを始める。僕はその傍で高い場所の拭き掃除を分担する。廊下を終わらせたら今日の掃除は終了だ、それとも茅野が昼寝に落ちている間に予定通りに終わらせるか。
茅野に床の方を任せて僕は脚立を立てて高さのある場所を拭いていく。別に大掃除というわけではないのでそこまできっちりやるつもりはない、目立つ部分だけさっとこなして終わるつもりだ。茅野のこともあるし。
柱、柱、梁と拭いて雑巾を洗おうとバケツに向かうと、途中まで危なっかしいほど駆け回って床掃除をしていた茅野が、その場に座り込んでぼうっとうつむいている。
茅野?
息苦しそうに肩と口で呼吸して、汗をかいている。覗き込んだ僕の方を見る表情はつらそうだが、それを悟られまいとしてか顔を背けた。新雪の平原みたいな額に手を当てると、それとは裏腹に熱い。
ほら、いわんこっちゃない……!
おそうじ
掃除はもう良いよ、上手にできてた。一旦お休みしよう
僕は掃除を放り出し、彼女を抱えて二階へ駆け上がり彼女の部屋の戸を開く。
窓が開け放たれたままの茅野の部屋、吹き込んだ風にカーテンが靡いている;こうなった部屋は、見た目ばかりは爽やかなものだが、外の熱気が部屋に吹き込んでサウナのようになっているのが相場だった。今日日、窓とはそのように空調をスポイルするばかりの悪と思われているし、事実そのようにしか機能しない。だが。
え……
部屋の中はまるで冷蔵庫の中のようにひんやりとしていた。過剰にクーラーをかければこうした温度になることもあろう、しかし窓が全開なのだ:こんな室温になるはずがない。
なにか違和感がある、この光景に。僕は茅野をベッドに横たえながら違和感の正体を探した。違和感、だけで言うのならこの室温だ。クーラーは確かに稼働している、だが窓が全開なのに部屋を冷やせているのはおかしい;そんなにパワフルなクーラーではない筈だ。だが、それ以外に、なにかむず痒い違和感があった。冷房効率を考え、黙って窓に触れると怒り出す茅野に心中謝りながら窓を閉めながら、改めて部屋を見回す。
何がおかしいんだ、この部屋の……
窓を閉めようとしながら、いつもはやらない作業を強いられていることに気付く。窓をちゃんと締めるために、僕は靡いて外にはみ出しているカーテンを室内側に取り込んでいる。何故、カーテンは外に出ている?窓を締める手を止めて窓から一歩二歩と離れてそれをよく見れば、そうだ、カーテンは部屋の中から外に向いて吹き出している:部屋の内側から外側に向けて風が吹いていた。
風?
室内の気圧が高いとでも言うのだろうか。このクーラーがそんな勢いで空気を吹き込んでるわけでもない。それに室温が異様に低いのは、何だ?何かおかしなことが起こっている。怪談でも思い出そうかしかし今は日も高い真っ昼間だ、幽霊だって妖怪だってやる気を出そうとも思わない時間じゃないのか。
いや僕も科学者の端くれだ、幽霊だの妖怪だのを突然想起するなんてどうかしている。きっと何か解明可能な特殊な状況にあったのだろう。それを解明するのはやぶさかじゃないが今はそんなことをしている場合ではない、茅野の体調のことのほうが気がかりだった。
ベッドの端に腰掛けて茅野の額に手を乗せる。やはり熱がある。彼女が熱を出しているというのなら、こんなに涼しい部屋はあまり望ましくないのかもしれない。
少しは落ち着いたかい?
彼女は僕の方をじつと見上げ、その透明な視線で僕を捕まえる。体調が悪いっていうのに彼女の聖性は全く濁らない、それどころか息苦しそうな表情と薄っすらと汗で湿る白い肌が余計に彼女の清らかさを際立たせていた。
ほら、お薬を飲まないからだ
いけない、こんな状態の彼女に対してさえ、湧き上がる劣情を止められない。僕は彼女の傍を離れる口実を自分自身に突きつけるみたいに薬のことを口にして、薬を取りに立ち上がろうとする、が、腕が引っ張られた。茅野の小さな手が、立ち上がる僕の指を掴んでいる。
お薬を取ってくるだけだよ、大丈夫、すぐに戻ってくるから
そう言っても、彼女は僕の指を強く握ったまま離そうとしない。何かを言いたそうに小さな唇をふわと動かしている。何かを言っているのか、僕はなんだいと耳を近づけた。
きずくの、あかちゃん、ほしい。
え
僕は茅野に何を答えて良いのか解らずたゞ窮したまゝ彼女の細く冷たい手に目を落とした:白い。そして改めてそんな言葉を紡ぐ彼女の顔を見ると、一日中窓に向かって白痴を浮かべていた女には到底見えない;むしろ貞淑で知的な女性にさえ見えてしまった。一体、何だというのだ。
狼狽える僕を、彼女は今までとは全く別の笑顔で見た。愛、という言葉をよく理解せぬ僕が直感的にその言葉を思い浮かべたのは、彼女のその笑みを愛おしく思ったからかも知れないし、図々しくも彼女のその笑みが僕を慈しむもののように思えたからかも知れない。
小首を傾げ、どうかしら、問うように僕を見る。熱に浮かされている、不安定な状態が、こんなふうに見せているのだろうか。これを病がしたというのならば、なんて仕打ちだろうと思う。彼女の中にそんな思いがあっただなんて、僕はつゆと思いもしなかった。
茅野がその言葉の持つ広範の意味合いについて含んだ上で言ったかどうかはわからない;ただその言葉が突如として、彼女をいっこの女として作り変えてしまったかのような、残酷さがあった。何故か肌寒い空気、熱を孕んだ言葉遣いの一つ、陽光に照らされて綺羅を散らす白皙の身動ぎにまで、今は知性を感じる。僕なんかが遠く及ばない深慮と、迷いを持たずどこか遠い一点をじつと見つめたような意志が、その体へ、まるで稲妻の如くとして天から宿されたよう。
彼女は齧り付いて離れなかった窓辺でも、そこから目と鼻の先に設えられた病床に伏しながら、凛、とそこからそれを言ったのだ。
急に、何を言うんだ。
憂い気な笑みを浮かべて僕を見る茅野;だが、今の彼女の体はもう一つの命を加えて宿すことが出来るほどの余裕がない;恐らく彼女も、それに子供も亡くなってしまうだろう。何より、彼女はあと十月十日も、保つのだろうか。
医者には長くはないと言われているが、それでもこんなに持つとは思わなかったとも言われている。彼女の体組織はすでにずたに崩れ始めていて、生きているのが不思議なほどなのだという。医者曰く:何故こんなに生き長らえているのか、外見から病状が覗い知れないほど症状が出ていないのか、理解に苦しむ:だそうだ。日々衰弱の様子を色濃くしているのを見知っている僕にとっては、病状が覗い知れないという発言には反論したいところではあるが、医者の言うその言葉には素人の持つ感想とは別の基準があるのだろう。
医者は茅野の症状を指して〝相転移〟という言葉を用いていた、それが医療の用語でないことくらいは、浅学な僕でも知っている。医者もそのことを言っていたが、実際には化学が専門だったが道を外れて医術を為していると自称する彼にすると、実際にそうなのだという。それ以上のことは、僕には理解できなかったが一つだけ、まるで心臓にレーザーメスで灼き付けられた様に刺さった言葉があった:彼女は、溶け始めています。
あたい、オンナに、なれない?
そんなことは、ない
うそだ
一体誰よ、こんな女にしたのは誰?
彼女の視線はそう訴えているように見えた;余りにも綺麗に澄んだ青色の瞳は無垢の刃となって、後ろめたさのかけらを巨大な罪悪感に格上げし、処断しようとしてくる。女神のようだと言った八雲さんの言葉は、別の意味でその通りなのだ;この清澄な青の瞳で覗き込まれた人間は、否応なしに女神から弁明を求められているような錯覚に陥る。以前僕はそれを、彼女が殆ど何も言葉を発しない為に見る側が自ずと陥るものだと思っていた。しかしこうして饒舌を得た彼女を見てもなおそれは変わらない。
きずくのあかちゃん、れい子のかわりに、あたいがうむの。
ありがとう。でも、いいんだ。茅野はそんなこと気にしなくて
僕は、僕を思いやってくれる茅野の頭を撫でる。
でも、彼女はどこか不満そうだった。
〝在非在の野〟は、この幻想郷には数多く認識されている。認識されている、というのはそれが物理世界に根を下ろしており、足を踏み入れた者にとっては確かにその場所は存在していながらも、物理空間での実在を厳密に証明できないからである。紫太妃が住まう〝迷ヒ処〟は代表例だ。ヤマメが巣食う〝深道洞穴〟や、聖徳太子の住まいへ通じる禁惟縦走路も、本来的には広がりを持たない連絡次元であり、これも厳密には空間ではないため〝在非在の野〟に含まれる。魔術や幻想が現実や実感と容易に行き来する幻想郷では、〝在非在の野〟は、稀によくある、の典型だ。
さ、さむ……
このクソ暑い異常気象下にあって、しかしその影響を全く受けない地域がある。白雪留めの権精霊の居住世界〝無可有の郷〟もまた〝在非在の野〟の一つだ。草木が枯れるほどの猛暑にも関わらず、幾つもの山に囲まれた合間を彷徨うように移動する局所的な銀世界がある。その色合いは砂漠のオアシスを逆にしたような異様さを見せているが、性質についても逆様で、夏の暑さを逃れようとからとその銀世界に備えなく立ち入れば、瞬間冷凍されて命を落とす。雪女伝説の原型と言われていた。夏の暑さを逃れてこの銀世界にいるのは、当然白雪留めの権精霊の方こそ、である。この暑さの中、白雪留めの権精霊はやはり〝無可有の郷〟で過ごしているのだろう。但し、この局所的な残雪林が〝無可有の郷〟では、ない。
中々出てきてくれないな……寒すぎる……
チルノの言うことを信じるなら、この歩き回る残雪林のどこかに入口がある、あるというか、白雪留めの権精霊が来訪者を確認し立ち入りを許すのなら、入り口が出現するというのだ。ボクはそれを探しに来ていた。チルノ自身は〝無可有の郷〟に入るのに苦労したことがなく、何らかの手続を踏んだこともないと言っていたが、それはチルノがチルノだからだろう。ボクのような招かれざる客はすんなりと入れると思えない;入り口を、自力で見つけるか、現れるまで彷徨うしかないようだ。そもそも、歩き回る残雪林は、それ自体が移動している;ただ突っ立っているといつの間にか普段の森に放り出されていて、その林に留まるには全力で歩き続けるしかないという有様だ。そもそも、ニンゲンが何の備えもなく立ち入れば間もなくに凍死するような氷の地獄である、突っ立っている、という事ができるわけもないのだが。
レティ、さあん、入れて下さいよぉ……流石に寒くて死ぬぅ……
チルノはレティさんと相当に親しい仲だから良いが、ボクはそうではない。実は会ったこともないし、口を利いたことなんて尚更だ;こんなふうに突然押しかけるように現れて、入れてくれると考えるほうが無理があるかもしれなかった。雪に取られる足取りは、いよいよ重い。
この局所的な銀世界の外では湯とも区別のつかない空気が淀んで魚焼きグリルみたいな日差しが降り注いでいるにも拘らず、この中だけは視界が遮られるほどの風雪が渦巻いている。膝まで埋まる雪に無力な足跡を点々と刻みながら進むと、巨大な雪の坊がボクを見下ろすように立ちはだかりボクはその横を元から小さい体を余計に縮込めながら通り抜けた。ここから遠くの風景をみやれば、不自然な暑さに枯れ森が見えるのに、この残雪林が空間オーバーライドされた途端に緑々とした枝葉に白濁した霜が絡みつき或いは深雪を纏って巨大な氷像に化ける。局所的な気候変動が起こっているのではなく、別の世界線が切り抜いたように覆いかぶさっているのだ。
入り口なんて、探す余裕がないよ
体構成を氷雪耐性のある虫に変容させたはいいものの、ボク自身が不慣れなこともあって歩くのも一苦労。歩き回る残雪林と一緒に歩き回るだけで精一杯で、入り口を探す余裕なんて全くなかった。深く積もった雪から足を引き抜き切れずに次を踏み出そうとしてしまいすっ転んぶ;銀色に輝く真っ白い平原に、ばふ、と大の字の後を刻んでしまった。これがもう何回目だろう、数歩歩くごとにこれである、もう少し慣れておけばよかったっと思う反面、積雪があるような地域で活動する虫達は、極めて少ない。どのみちあまり得意になることはないだろう……。
わああああああん;;
やり場のない苛立ちを、夏模様の蒼天にではなく、吹雪の鈍雲に向って叫ぶが、だからって何がどうなるわけでもない。うう、と漏らし直して、再び入り口探しの探索に戻る。後ろを振り向くと、自分の踏みつけてきた足跡は早々に新たな積雪で覆い隠されようとしていた。幸い突っ立っていればこの極寒エリアは自ら立ち去ってくれるのだから遭難の恐れはない、だがそれではいけないのが辛い。なんとか〝無何有の郷〟への入り口を……。
ぼふ。
またころんだ。顔面が雪まみれ、睫毛に霜が降り、触覚から氷柱がぶら下がっている;転んだ拍子にそれは折れて取れたが、雪まみれの全身が惨めな気分を後押しする。風雪の音こそ吹き響いているのに一面の白銀色のせいで余計に寂寞を誘い、泣きたい気分だ。
いや、これもチーのためだ……レティさん、チルノが、大変なんですってば……入れてくださいよお
半分泣き言だ。それにしても、もし白雪留めの権精霊が、まだ夏眠中で、ボクの立ち入りなんかには全然気が付いていないのだとしたら、と考えて不安が増す。だめだ、考えちゃだめ、なんとしても会わないと。流石に寒冷性の昆虫の体組織を導入していても、呪術的に成立する不自然で極度な寒冷環境は、きつい。あまりに長引くようなら一旦引き上げて別の手段を考えなければダメかもしれない。と言っても別の手段なんて思いつかない。〝在非在の野〟に住まう存在の多くは閉鎖的であまり外部と関わりを持たないのだ、白雪留めの権精霊と親交がある人なんて僕は知らなかった。
もう、このまま宛もなく彷徨っていても時間を浪費するだけかもしれない;最悪、風見辺境伯を通じて博麗神社に助言を請う(何を要求されるかわからないし、恐らく時間がかかる)ことも視野に入れないと行けないか……と思っていたときだった。
ぁ……これ?
不自然に雪原になっていることを除けば自然の景勝でしかないところに、突然に不自然なものが現れた。風雪渦巻く極寒の吹雪の中に、微動だにせず空中にピッタリと固定されるように停止して浮遊する四角い板。無機質なほど正確に正方形をしており、薄暗い吹雪の中で、熱世界から差し込む仄かな光を綺羅と反射している。これは、氷でできた、鏡だった。もう数歩も歩けば手が届きそうだ、きっとこれがチルノの言っていった入り口に違いない。だが入り口、といってもその鏡は開閉するようにも見えないし、仮に開いたとしてもボクの体が通れるほどのサイズでもない。
えと
鏡は正確にボクの姿を映し出している、宙に浮き吹雪の中でも微動だにしないことを除けばただの鏡に思えた。ボクは寒さに震えながら、鏡に手を触れる;これは、ガラスじゃない、きっと氷でできていた。力を入れず、ただ指を乗せただけだったがそれは、指を乗せた一点から蜘蛛の巣を広げるように亀裂を走らせ、そして砕けた。破片は大小、いずれも厚く積もった銀雪の上に突き刺さり横たわっている。氷の鏡の出現自体が白雪留めの権精霊の立入承認だったのだろう。氷の鏡を砕いた破片は、鍵。ボクは雪原に落ちた破片を一つ手に取り、そのナイフのように尖った切片の先端で、指の先を刺した。玉になって現れる血は外気に晒されてすぐに凍りつく、かと思いきやそれは凍結を免れ液相を保っている。破片で自分を傷付ける事が〝無可有の郷〟への立ち入りの、恐らく儀式だった。凍結を阻害され液体のままであるそれを、屈んで真っ白い平原に触れさせる。瞬間、ティッシュペーパーに染み込むみたいに、赤い滲みがボクの足元を覆い広がっていく。
う、あ……やば……
雪原に吸血されていく。指先からあんな小さなキズからこれほど大量に出血すること自体が通常の現象ではない。そうきっと、これが〝無可有の郷〟へ立ち入るための儀式として正しいに違いなかった。だが、急速な失血によりショック症状が現れる;視界が窄まり意識が遠のき、呼吸が苦しくなる。その程度のことで簡単に死んだりはしないと自負はあったが、それでも一瞬意識が途絶えた。
っ、あ
ぷつんと寸断した意識が戻った瞬間、ボクは別の場所にいた。気温こそ低いままだが、さっきまでの風雪は収まり、足元に雪はない。吸血された赤は、雪原を染めるのではなく今は、足元で帯状に赤い絨毯を引いている。取り戻された意識で、現状を分析する。どうやら建造物の中らしい;平に切り立った壁があり、それは全て氷でできている。透明で外が透けて見えるほどの上等で純粋な氷、幻想郷でこんな氷を作れる人物をボクは、チルノくらいしか知らなかった。チルノでないとするなら、白雪留めの権精霊、だろうか。同様に澄んだ氷は天井と床にもまるでブロックのように敷き詰められており、構造だけを見るのであれば紅魔館のそれに近いように思える。嵌め殺しの窓があり、柱があり、全ては透明或いはクリアブルーに光を透いている。空間を満たすのが水の氷という特性上、絨毯の赤だけがまるで彩度変更した写真みたいに浮き上がって存在感を強めている。ここが〝無可有の郷〟なのか?
あの、レティ・ホワイトロックさん
声に出して呼んでみても、返事があるわけでもない。足元に敷かれた赤い絨毯が奥まで続き、ここから見える限り扉のような構造の中へ飲み込まれている。言外に、こっちに来いと言われているように思える;ボクはその囁きに素直にしたがって赤い絨毯(これ、自分の血だったら嫌だな)を踏みしめながら歩く。硬い氷面の床は、歩くたびに足裏に硬質な感触を返して来ていた、しかし反対に、氷に包まれているというのにその気温はさほど低く感じられない。低温であることに変わりはないが、さっきまで凍えていた残雪林に比べれば温室に思えるくらいだ。透明な壁の向こうに何かが見えるだろうかと目を凝らしてみたが、透けてはいというのに向こうに何があるのか心当たりのある映像は浮かばなかった。ぼやけて見えるが、それは一体何の形がぼやけて映し出されているのだろうか。ボクはなんとなく「それを深く考えたり分析してはいけない」という本能の囁を感じる、この〝無可有の郷〟基、城が、白雪留めの権精霊の手による魔法の産物のであれば、物理法則などどんな風に捻じ曲げられていても可笑しくない。逆にそれを分析したり理解しようとすると、悟性がハングアップして精神に異常をきたすかもしれない。ボクは目を閉じてそれを切り離し、ただ絨毯が導く先の扉へ足を進めていくことにした。
すみませーん
扉の前に立ち、一見透けているようなそれを覗き込むが、やはり実際に向こう側に見えるのは何の映像でもない。歩き回る残雪林で氷の鏡を出現させたときから、恐らく白雪留めの権精霊はボクの進入を許可しているのだ、きっと問題ない。ボクの背丈の三倍はあろうかという背の高いドアは両開き;縦に長い棒状の押手は太く、握り込んでも指が届かない。重厚そうを、ボクは意を決して押し開けた。これが本当に水の氷であれば恐らくこの扉も相当に重いだろうと思っていたが存外に簡単に進んでいく。開けた視界の奥には、ただ殺風景なほどにクリアブルーの光に満たされた、平坦な部屋だった。
天井も、壁も、一切凹凸がなく、測っていないが恐らくは几帳面に立方体の空間に見える。異様に広く、走っても端までは20秒以上掛かりそうだが、一切〝構造〟を感じさせない極端に空白化された空白は、気温の低さを差し置いても寒気がする不気味さを湛えている。その曇りなく平らで整った空間に、一点だけ歪みがあった;中央に置かれたローベッド。
巨大な氷を潔癖に刳り貫いたような、平坦で均質で青一色の空間に、そのベッドだけが色彩を持っていた;雪の白だ。さっきまで足を沈め抜いて歩いていた深雪の層を思わせる、大袈裟なほどに深く同時に大きく反動して高く登るシーツ。その中央に、何か蠢いている。
えっと、レティ・ホワイトロック……さん
どうやって迎えるか考えてる間にどうでも良くなっちゃったわ
ベッドの上から声が聞こえ、ばさ、とまるでそれ自体が小さな雪崩と思える白い波が立ち人影が現れた。
くろまくー
それ、この場面で言います?
僕が「赤ちゃんを生む」といった彼女の言葉を却下したので、彼女は不満そうな顔をしている。今の茅野にはそんなことよりも、きちんと薬を飲んで長く生き、できれば快癒してくれることが優先なのだから。僕は彼女の頭をなで、そのてっぺんにキスをして彼女をベッドに横たえる。相変わらず不審な風はカーテンを揺らしながら吹き出している。薬も取ってこなければならないし、やはり窓を閉めるべきかと思ってベッドを立ったその時。
〝築はおまえのことなんかもう好きじゃないんじゃない?ババア〟
……茅野?
前触れもなく茅野が口にした言葉に、僕は耳を疑う。言葉の内容もさることながら、茅野の声色はいつも聞いているふわとした、幼気で甘ったるい舌っ足らずなそれにも拘らず同時に、はっきりと、まるで氷点下に冷やした剃刀のような無機質な残酷さも孕んでいる。今のは、茅野が言ったのか?彼女の視線は、既に僕を後ろから突き刺し終えていた。まるで背中に突き刺さったナイフを振り返るように僕は、茅野の方を見た。
〝こどもうめないなんて、不良品じゃん〟
〝うまずめなんて、すみこみ家政婦とおんなじだね〟
〝おまえが見下してるキチガイ女の、おまえは世話をしてるんだよ。れい子はあたいより、カトウないきものだね〟
〝築だって、わかい女のほうがいいにきまってるよ〟
〝きょう築、ごはんあんまりおいしそうにしてなかったね。ナサケでおいしいってゆってくれてるだけだよ〟
〝あたいは築におようふくかってもらった。とてもにあってるってゆってくれる。やさしい。れい子はいっつもおんなじおようふくきてるね。築はやさしくしてくれないんだね〟
僕の視線を認めた茅野は、その口汚い言葉をその幼い声で、まるで呪文か何かのように滔々と吐き出し続ける。その言葉の意味が解かった上で言っているのかさえ怪しい表情、声質、抑揚のないイントネーション、何より幼い顔;しかし、分かっていなければ連ならないだろう一連の言葉。れい子の言っていたことは、こういうことだったのだ。
じゃまだった
あの女、じゃまだった。築はあの女にやさしい。あたいにするよりやさしい。
この間、いつもあたいにしてること、あの女にしてた。私にじゃなくて。ずるい。
じゃまだから、おこらせて、おいだしたの。築はもう、あたいのもの。
茅野は初めての笑みを僕に見せた。笑った茅野は今までに何度も見てきたが、この笑い顔は、初めて目にしたものだった。無邪気な子供の、妖精の様な穢れのない笑顔ではない。勝ち誇った、傲慢な、笑み。だと言うのに、真っ白い歯を見せて満面の笑みでもあるのだ。ぞくり、と身震いした。この身震いは背筋が凍る悪寒からではない、適切な言葉は見つからないが強いて言えば……武者震いに近いかもしれなかった。僕は、茅野になんの感情を抱いている?そら寒さがあるとするなら、自分自身に対してだ。
茅野。自分が何を言っているのか、わかっているのか?
叱るような口調で言ってやる。そんな言葉は使ってはいけない;自分の立場をするならば、そうただすべきだろうし、実際にそうした。だがその背後にある僕の願望を正確に撃ち抜く弾丸のように、茅野は答える。
わかってる
その答えは、僕が本当に望んでいるものだった。それが自分の心臓を貫いたという実感とともに、僕は自分が既に彼女のものになっていることを痛感する。
茅野に、こんなに強い自我があったなんて;信じられないことだった。彼女という聖女像が崩れる音が、体中で反響している。澄んだ氷が割れる音。砕けた破片が硬い床に落ちる音。床上の氷が踏み潰されて砕ける音。弾けた氷片が転がる音。止まる音。溶ける音。消える音。
彼女はそれを〝出来るのに隠してた〟というのじゃあないのだ、元々持っている決して大きくない知性をフル回転させて、彼女は彼女なりの全力で、れい子をここから追い出した;それも、僕を独り占めするために。純真で真っ白、無垢で穢れのない聖なる妖精だと信じていた茅野に、嫉妬、性欲、憎しみと罵りが、存在していた。この小さな体と、弱い知性の中に、人並みの、ドロしたどす黒い負の感情が居座るだけのスペースがあって、彼女はそれを最大に、悪意を以て、能動した。
恐ろしいことに、この事実がわかったからと言って、僕にはれい子にそれを告げて謝ろうという意識は全く芽生えてこなかった。僕の中に現れ始めていたのはもっと邪悪で、グロテスクな形をした花の芽だ。それを育ててしまっては終わりだと分かっているのに、きっと僕はこの花に水を遣りせっせと世話をしてしまうことだろう。
茅野は聖女なんかじゃなかった、天使なんかじゃなかった、妖精なんかじゃなかった。その小さな脳の中で欲望を渦巻かせている、俗物だったのだ。純真で清廉な顔をして、真っ白い純潔な肌をして、無辜で無垢な体をして、欠落した知性と障害をして、白痴の絶対美をして、しかし嫉妬を抱いて恋敵を罠にはめようとするドス黒い醜さを持っている。それも、僕を求めて。
幻滅するどころか僕は、ぞくと体が震えるのを自覚した。興奮で、心臓が暴れまわって口からはみ出しそうだ。
築。あたいの築。せっくすして。あかちゃんつくって。でないと、あたい
脳味噌も腸も全部ばら撒いてあげようか;彼女の、そうか、笑っていない目は、そう言っていた。
でもそんな脅迫されなくても、僕はもう、彼女に囚われている。彼女という女神像は、いつの間にか再建されている。それは以前よりも汚れていて、邪悪で、一層愛おしく劣情を掻き立てる姿を、していた。
舞い上がるシーツがまるで地吹雪のように見えた、極低温の微風が剃刀の刃に化けて撒き散らされた;幾つかは残雪林探索で草臥れたボクの肌を浅く裂く、血は流れず傷口は凍りついた。
ベッドの中央でゆらりと立ち上がった人影はオパールの彫像の様に青白い肌を示威する;研磨した宝石に能う美しさよりも凛冽な無機質な冷気が、その存在感を現実の感覚へ強制してくる。
半分凍りついたスローモーションのようだ、しかし見る者の目を捕まえて離さず間延びを感じさせない蠱惑な動きで背筋を伸ばす。抱けば折れそうに細い、庇護欲を引きずり出す柳腰、尻、ダイアモンドダストを吐き出す度に上下し揺れる豊かな乳房と、噛めば砕けそうな鎖骨と首。まるで氷で出来た上等なワイングラス、あの体に赤い液体が注がれているとはにわかに信じ難い。焦らすようにゆっくりとボクの方を見た顔もまた、オパールかクリスタルガラスか。
いらっしゃい、ぼうや
ぼうや、という言葉を初対面で浴びせかけられて、思わず面食らう。ボクを子供扱いする幽香さんにも紫太妃にさえぶつけられたことのない言葉を、白雪留めの権精霊は躊躇なく投げつけてきた。なんだかすごくやりづらい。
無何有の郷へ立ち入ることをお許し頂き、有難うございます。お初にお目にかかります、四季一翼の―
性質上そう言われてるだけで、賢者達は私に地位も権威も何も与えていない:欲しいとも思わないけれどね。チルノのことでしょう?八雲に踊らされた可愛そうな子、ぼうやのことはチルノから聞いているわ
〝八雲に踊らされた〟?どういうことだろう。ボクはここに来るまで紫太妃に会ったりはしていない、この件で博麗神社にだって結局参詣していない。この件には関係のない普段のボクを揶揄してのことだろうか、普段から紫太妃とやり取りなど無いけれど;そんな畏れ多いこと。
彼女が、チルノが、大変なんです。今まで一度だってこんなことはなかった、60年に一度あなたを奉じる年だって
しってるわ
……恐れながら、何を、どこまで
さしずめ、チルノの体がバラになっている、というところでしょう?高体温状態による双晶多結晶水氷の組織間結合力低下。彼女にとっては致命だわ、ぼうやのいう〝60年毎〟の代謝における、遺伝情報が失われかねない。
それって、どういうことなんですか。彼女には元々バラになる呪がかけられていると聞きました。チルノは一体
……ああ、そうなの
え?そうなの、とはどういうことだろう。白雪留めの権精霊は霜の溜息をつく、それは落胆の色を湛え澱んだ冷気となり砕けた石英片のように散る。
ぼうや、チルノと長いことお友達だったのでしょう?なのに、聞かされていなかったなんて
霜付いた球状氷晶を嵌め込んだ眼に今は瞳の点は消えている、この目の色はそうだ、光を失いつつあるチルノのそれとそっくりだ;一体どこを見ているのかわからないが恐らくボクの方を見ているのだろう、その視線がボクの狼狽をしっかりと捕らまえた。そう、チルノはボクに、何かを隠している。あんなに一緒だったのに、何か深いところで、あんな体になってまで、ボクにも、それにローリーやルーミアにさえ明かさない何かがある。胸ぐらを掴まれ睨みつけられでもしているみたいに、ボクは白雪留めの権精霊からよこされる視線で、凍りつく。
みじめね?
チルノはボクに何も話してくれていなかった。それを〝惨め〟と指摘されてしまい心臓と胃の中で灼熱の塊が生まれた;体中を駆け回り、内側からボクを焼いていく。逆流して溢れ出してきそう。
……ボクのことは、どうでもいいんです
あらそう
よくはない、でも、今は、どうでもよくしておくときだ、ボクのことなんか。ボクが飲み込むと、白雪留めの権精霊は、水晶の瞳を隠すように瞼を細らせて、ボクを見下ろす。
ぼうやが心配することなんて、何もないわ
心配ない?チルノは、治るんですか?
生地の湖でやがて霊的水蒸気に霧散しても、君の傍で体組織が崩れて水の砂になったとしても、関係ない;惨めに摺り潰されようが、幸せに蒸発しようが、跡形なく雲散霧消した〝チルノだったもの〟に差はない。分解されたチルノはこの世界の〝乱雑さ〟に加えられ、既に世界を充溢させている〝乱雑さ〟を少し押し出す。世界の均衡機能は溢れ出したそれを再びチルノにする。それだけよ
それは、チルノが、氷の妖精だからですか?
究極的にはこの世界に存在する一切が等しくそうなのでしょうけど、そこまで広範なことは私にはわからないわ。〝賢者〟どもなら知っているんじゃないかしらね?
賢者って
八雲とか、あいつらよ。ぼうや、あれと仲良しでしょ?
仲良しってわけでは……
さっきも〝八雲に踊らされている〟と言っていた。やはり、レティさんは何かを知っている。言葉ぶりもそうだが、何より、意図的にボクに情報をちらつかせて、焦らしている。ボクが何かミスを犯すのを誘っているかのように―それとも、もう犯している?
チルノに、私の下へ還るようにと言ったのは、キミでしょう;キミは、知っている筈よね?<span class="ltlbg_wSp"></span>
ボクが、ですって?誤解を恐れずに言えばボクは、チルノの病気はあなたに関係があると思っています;だから、チルノがここに来たがっているのを、制止したくらいです。
なら、ぼうやと八雲は向こうで何をしていたのかしら?チルノの体を勝手に取引し合っておいて、被害者ぶって私のところへやってきて〝チルノが大変なんです〟ですって?……実に、実に馬鹿げているわ
取引、って、どういうことですか。ボクと紫太妃が、チルノを?あっっう……!
しらばっくれるの:白雪留めの権精霊は舌打ちをして更にボクを睨みつける。左手が凍りつき、またたく間に壊死して黒く変色する。生存する組織と壊死した組織の境界で生まれた摩擦が痛みの熱として暴れした。
腕の痛みに蹲るボクを見下しすように、ローベッドから立ち上がったオパールの裸像が、一歩と近づいてくる。
一歩を踏み出しその白い足が氷の城の床に付くたび、命が凍りつき死んでいく音が聞こえる;高く細かい無数の砕音は、きっとそれだ。残酷な音を響かせて霜の柱が立つ;外で無数の生命を凍死させている、この灼熱の真夏の中で突然に。この氷柱は、その凍りついた命の折り重なったものだ。
一歩を踏み出しその白い足が氷の城の床を離れるたび、立ち上がった氷柱は風に吹かれた新雪のように形を失い、しかし凍りつき積み重ねられた命の残骸はもう元の温かさを取り戻すことはなく、ただ氷の城の床を風に吹かれて這う白い破片となって流れていく;小さな悲鳴の思念が、雪の粉になって消えた。
ボクは違う意味で寒気を憶えて鳥肌を立てる。白雪留めの権精霊の姿はいよ人間らしい色彩を失い、本当に無機物の彫像のように薄鈍んだ。権精霊としての、本性の姿に近づいている。それでもまだ人間を象っているのは、ボクが人型を保っていることへの、妖怪としての最低限の礼儀というだけかもしれない。
凍傷に崩れ落ちた腕の痛みを堪えて蹲るボクの目の前に、真っ白い肌に血のような色のネイルを彩ったつま先が現れる。恐ろしい、顔を上げる勇気が、出ない。
昔、春が来なかったことがあるわね?
は、はい。
チルノも言っていた。春が来ないと、夏が来ないと、春夏で増えるはずだった〝あったかい〟〝あつい〟をどこかで取り返さなきゃいけなくなると。それが、この暑さだっていうのだろうか。でも、それとチルノの病気に、何の関係があるのか。
どうしてあのとき冬が開けず春が来なかったのか、どうして八雲が冬と春の境界を意図的にずらしていたのか、まさかぼうや、あの幽霊恋バナが理由だなんて本気で考えている?おめでたいわね。
あれは、西行妖を咲かせるためだったのでは
春を集めなくたって、春は来るのに?春を招くために、春を押し留めてまで、春を集めていただなんて、矛盾していると思わない?私はあのとき別に黒幕なんかではなかった、春の来訪を妨げるものなんて本当は何もなかった;春が来ないと困ったフリをして、春を集めていた誰か以外にはね
確かに、おかしい。春が来ない春が来ないと騒いではいたが、春の総量が少なかったかどうかを、誰も検証していない;いや、それは紫太妃や、博麗の巫女がしているものと、誰もが信じている。春が、空間の要素を持つと、一体誰が示したか。空間の要素を持つとするなら、〝春〟の正体は、ただの熱だ。
八雲紫と西行寺幽々子の色恋も情事も知ったことではないけれど、八雲の思惑なんて情にかけても痛い目を見るだけ、あれは、そういう性質のものよ。チルノのことだって、そうでしょう?
紫太妃が、何か別の企みを、隠していたと?それが、チルノの体に何の関係が……
私もチルノも、賢者共の愚行の尻拭いをさせられているだけ;対称性を保ち損ねた、賢者共の。そしてそれに、ぼうやも一枚噛んでいる。違う?
対称性の……破れ……
そののことだと肯定するように、白雪留めの権精霊は、蹲り顔を伏したままのボクの前で膝をついてボクの顎を掴みボクの顔を上向かせる。
幻想郷の〝対称性の破れ〟:それは幻想郷開闢、否、分離・閉塞時の些細な誤差を握り潰して生まれた歪み;ルーミアが内包するものだった筈だ。
上向かせられた目に見えたのは、オパールの白皙に瞳のない透明な眼球の貌;それが眉をひそめてボクを睨みつけている。氷の邪眼がボクの顔を撫でると忽ち、頬それに右耳が凍傷化するのがわかった。これでも体構成は氷雪環境で生きる虫に合わせて妖力で強化してある、そう生半可な低温でどうにかなるわけがないのに、全く耐性が通用しない。
光と闇、太陽と月、存在と反存在。運動と停止、高温と低温。彼女と彼女ではないもの。何れも本質的には同質、この世界ではね。
それ、は、どうい、う……こと
声を出そうとしたが、呼気が通り抜けただけで、肺と気管が瞬く間に凍りつき、声を出すことさえ叶わない。
冬の奉仕者であると同時にチルノは窓の監視者よ。賢者共のミスのせいで、彼女は永遠にその役目に縛られている。
窓?窓って……?
見なさい
服だと思っていたものも、ああして本性に近付けば肉体の一部として癒着するのだ。まるで柔らかく分厚い護謨のように伸縮し引き剥がす力に耐えられなかった箇所から被膜組織が繊維質を残しながら裂けるように剥き取られ、その下から覗いたのは白というよりは銀灰色に塗られた乳房。更に鳩尾にも爪の鋭いだ指を突き刺し、右胸部を観音開きに毟り取った。脈打つ心臓が一つではないのが見えた;太い血管が流圧に揺れ動き、並んだ五つの心臓が青白い不凍の体液を満たし排して脈動している。心臓の向こうには能動熱交換能を持つ肺臓が外気を取り込み極低温化してはそれを吐き出していた。そしてその下には、刳り取られたように不自然に開口した虚があった;権精霊と準えられる上級妖怪の高密な機能性に対して不釣り合いだが、精霊という清らかな存在からは程遠い不気味な構造の印象が強すぎて、ボクは一瞬目を逸してしまう。
直視に耐えない、とは言わせないわよ?
その空洞は何なのだ、弱点でも晒しているのか、それとも?それををボクに見せつけて一体何のつもりなのだと口を開く前に、白雪留めの権精霊が、先に言った。
チルノがかえる場所はここよ;もうここしか残されていない。八雲がバラして、ぼうやが無計画に解き放ったから、もうここしかなくなった
ボクが……?紫太妃とボクが、一体何をしたっていうの?
自覚がない、少なくとも。ただ、八意先生はチルノがボクのことを無言で怒っていたと言っていた;それは、このことなのかもしれなかった。
ああ、茅野。なんて悪い子だ、れい子を追い出したのが君の仕業だったなんて。君が望んだ通り、僕はもう茅野のものだ。僕の身も心も、茅野を邪魔するものは、もう何もないのだから
もう何もない、茅野に向けて発したものの筈だったがそれは、茅野の様な知恵遅れの娘を抱くという独善に対する自分への言い訳にしかならなかった。
横たえた茅野の体、熱に浮かされていた彼女はまだその火照りを残しているのか、雪のように白い肌の奥に、鮮やかな血色が潜んでいるのがわかる。透いて桃色になり熱を湛える茅野の肌に触れると伝わる人肌には、魔性の吸引力が備わっている。彼女の手の甲に掌を乗せただけなのに、僕はいつの間にか、細い手首、つららのような腕、そして白く薄い砕けそうな肩へと掌を這わせ、より彼女の肌と接触したい一心でその肌に自らの腕を押し付けている。ああ、でもそれだけでは到底足りない、僕のこの劣情はもう。
だから、だから茅野ももう、僕のものだ。全部、この曇りない真っ白で綺麗な体も、れい子を追放した真黒く汚穢な心も、全部、全部全部全部全部、ああ、茅野の全部も、僕のものだ!
叫びながら、彼女の衣服を毟り取るように剥いだ。白いシーツ沈むように四肢を広げる茅野の姿は、この世に生まれ出でた天使の姿だ。ただひとつ違うのは、天使と異なり彼女の裸体は、底しれぬ劣情を引きずり出す魔性を備えていることだった;ならば、堕天使か。彼女がれい子を追い出したのがヒットっつ嫉妬という言葉で表現してもよいのなら、それは確かにそうなのかもしれなかった。僕は堕天使に誑かされて悪の道に堕落しようとしている。だがそれは、いやそれこそが、ボクの望んでいたことだったように、今なら顧みることができる。
ああ、綺麗だよ、茅野。じゃあ、セックス、しようね。僕の子供を、産んでくれるんだよね、茅野
目を細めて、コクリと小さく頷く茅野の表情は、まるで既に生も性も知り尽くした成熟した女性のように見え、それに相応しい色香を漂わせている。
人形のように汚れひとつないまっさらな肌、新設だけで作り上げた新品の雪像の様な白い体、奥底に秘められた熱く汚れた白痴の欲望、そしてそれは、ボクに向けられている。幼く未分化な、きっと愛と恋の区別さえない、親愛と恋愛の意味も知らない、ただ、ただただ「僕を欲しい」と原始的で幼い、それ故に根源的な欲望が、僕に向いている。邪魔な衣服の下に現れた純潔の裸体が、純潔などではない密やかで淫らな事実を僕は知っている。この幼気な体に深淵潜む肉欲があること、その血に凍りつくような独占欲の毒薬が流れていることを、僕は知っているそして、僕は敢えてそれに呑まれようとしている。
発熱した彼女の唇は完熟のさくらんぼのように赤い;血色さえ感じさせる生々しさと潤いが、砂漠で渇き切った旅人をそうするように、僕を誘う。惹きつけられるままに彼女の赤い果実へ口を寄せた。熱い、いや冷たい?どちらなのか判然としない。美しい氷を張る表面を割るとその下にどろついたマグマが潜んでいるような二面性が、ただの口付けだと言うのに僕を魅了した。
茅野……
彼女の名前を呟くように漏らしながら、僕は艷やかな宝石を唇で食むように求める。彼女はそれに逆らわず、従順に僕の唇に従って自身の唇をあるいはときに、奥に潜んだ可愛らしい舌を、差し出してくる:僕のために。みると彼女のとの接吻に魅惑され、離れることが恐ろしくなる。まるで強迫されているように彼女の唇を吸いながら描いていたのは、れい子が僕の下を離れていったことだ。恐怖、落胆、喪失、それらが全て綯い交ぜになった不快の予感が、今は茅野を離したくない失いたくない思いに吸い込まれている。あゝなんて、なんて愛おしい、妖精しかしこの魔性、ニュンペレプトスに僕は堕ちている。
ふっくらと柔らかで瑞々しい唇を感じながら、僕は彼女の口の中に唾液を流し込んでいく。茅野は気紛れにそれを受け入れ口に含み飲み下し、あるいは、でろ、と舌で口の端から追い出した。彼女に受け入れて欲しい歪んだ欲求が、増々顎の奥を疼かせる;喉の付け根から絞り出される感覚が溜まり口の中に唾液が溢れ出してくる。茅野の口へ注ぎ込むと彼女はそれを嫌そうな顔をひとつせずに、嬉しそうに舌を出して飲んだり、あるいは挑発するように吐き出してみせる。そうした小生意気な魔性が、僕をより強く縛り付けた。
唾液でべっとりと濡れた唇を名残惜しむように、だが僕は新たな地平を目指す;彼女の魔性に吸い寄せられたただ一匹の虫けらのように僕は、唇、顎、細く柔らかい喉、鎖骨の浮かない柔らかな首、膨らみのない乳房へ這う。新芽の先端に色付いた蕾のような、慎ましやかな乳輪と乳首。性的な魅力を一切秘めていない純潔の梅蕾を口に含む。
あっん……
子供のものではない声、だがその音色は幼きに過ぎる。そのギャップが一層ぼくを燃え上がらせた。実年齢で言えば、確かに茅野は性行為を覚えてもおかしくない頃合いかもしれない、なら、体はそれに備えが出来ているのか?膨らみのない胸、くびれの目立たない腰回り、臍の下にもふくよかさはない。だというのに。
築、きもち
胸を吸いながら見上げた彼女の表情は熱を帯び、細んだ瞼の隙間に欲情の潤みが見える。これが、性を知るオンナでなく、何だというのだ。ふわりと笑う表情には淫らの紅が乗っている。潤んだ目は僕を見下ろして、乱れたれい子のそれと同じ色をしていた。膨らみのないなだらかな乳房の上で、美しいまま汚れた花蕾がしこり勃ちはじめている。なんて、なんて魔性だ。
もっと汚してあげるよ、茅野、僕のような薄汚い男の腐ったような野郎のものになって、茅野、君は美しい聖女からただの汚らしい雌になったんだ。僕なんかを手に入れようとして、れい子のような美しい女性を汚い手段で追放した茅野、君は、悪い子だ、悪い女だ、僕を誘惑して、たぶらかして、悪の道に突き落とした悪い女だ、茅野!ああ、茅野、愛している!僕がもっと汚してあげる、もっと悪い女にしてあげる、もっと、もっともっと
僕の発狂したような言葉を茅野は理解しているだろうか、おそらくしてはいないだろう。彼女はただ僕の言いなりになって体を開いているのだ。そうして僕に言われるがままに体を預け、オンナとしてこの体は、開花しようとしている。白痴で右と左の区別もつかなかった子供が、嫉妬を嫉妬と認識せぬままに敵を追放し、肉欲を肉欲と理解せぬままにセックスという単語を口にし、男を、僕を求めている。子供を作りたいという言葉の意味も、おそらくは理解していないだろう。その言葉が、僕を独り占めするための魔法の言葉だという程度にしか思っていないに違いない。だが、その足らぬ知能の全力を費して僕を求めてくるこの知恵遅れの女、手がかかり何事も僕の手を煩わせる不具の女、れい子に比べて全く出来ていない女に、僕は欲情し、所有を欲し、子供を産ませたいと、願っている。
茅野、ああ、なんていやらしい形の、おへそだ……まるで男を迎え入れる穴のようじゃないか
あたいのおへそ、男をむかえいれる、あな
かわいいよ
やぁん
乳房に吸い付きながら、茅野のへその穴の縁を指でなぞる。女としての未熟さを体現した柔らかさと肉付きを残した腹部の中央で、肉の侵入を待ちわびるようにぽつかりと口を開いた可愛らしい窪みを見ていると、どうしようもなく女陰を彷彿としてしまい、年甲斐もなく強い勃起を迎えた肉棒の内側で、血流がずきと窮屈を訴えていた。この可憐な肉窪にペニスの先端だけでも触れたのなら、きっと針で刺した水風船のようにあっけなく果ててしまうだろう。蠱惑の肉窪を見つめて生唾を嚥下すると僕は、その下に広がる再び真っ平らで茂みさえない平原へ指先を送り、それを追いかけるように唇を這わせた。
茅野の下腹部は、何度見ても芸術的だ。子宮の成熟していない、なだらかで平らな白い平原に掌を置く。
あかちゃんのへや
……ああ、そうだ
どこで覚えてきたのだろうか、いや、そんなことはどうでもいい;茅野が、こんな幼気を残した肉体が、その知識を持って男に「セックス」の言葉をちらつかせて来たその事実だけでも、射精してしまいそうだった。恐らく年齢的には適齢期に入っているのだろうがしかし、知恵遅れとは脳の障害であり、脳の障害は心身全体に影響すると聞く、その影響なのだろうか、それとも単なる特異なレベルの個人差なのだろうか、茅野の体は子をもうける準備ができているようには、とても見えなかった。
言葉少なで舌っ足らず、知識も知能も不足な、だがそれ故にこの世のものとは思えない美貌を汚さぬまま保っている茅野。絶世の白痴美を引っさげながら、足らない知能と全霊を賭して卑劣な手段まで用いて男を奪いに来た、汚らわしい美しさ。
その全てが、この、下腹部に収まっているように思えた。頭で考えるのではなくて、きっとここで感じたのだ、〝男を求める〟ということを。ひんやりとする外気と皮膚表面に対して、体の奥底からじわりと伝わる熱。ぞくり、戦慄した:女だ。
茅野、これから、何をするのか、わかっている?
せっくす
セックスって、なんだい?
築が、れい子としてたこと。あかちゃんつくるやつ。
それって、どうやるの?
茅野は黙ってしまう;返答する代わりに、僕の体にきつく抱きついてきた。セックスのことや子宮の役割をどこで覚えてきたのかはわからないが、細かなことはやはり知らないのだ。知らない、わかっていない、だのに、男を求めセックスという言葉を無理に使ってまでライバルの女と戦い、そして勝った。本能、とでも言うのか、これが。
僕は茅野の細い太ももに手を添えて開かせ、無毛の丘の下でまだ清らかな筋として窄まったままの陰部に、軽く口付ける。少しだけ、おしっこの匂いがするけれど、それさえも甘美なフェロモンに思えた。舌を出して、筋に添わせてなぞる。
築、そこ、すき
うん。茅野の、一番、素敵な場所だ
いちばん、すてき
呟くみたいに口にして、両手で自分の頬を抑えて見せる。「いちばんすてき」何度も口の中で転がしながら、そんなあざと可愛い仕草で照れているのを目の当たりにして僕は、いよ我慢の限界を迎えてしまう。
セックスっていうのはね、ここに、僕のおちんちんを、入れることなんだ
ここに、いれる?おちんちん?
だから、しっかり濡らしておこうね
クンニリングスなら茅野に何度もしている、ただ今日は、僕の行為への反応が薄かったそれまでと違うように思える。茅野は陰部への口付けに恥じらいを感じており、舌と唇での刺激にも反応を示していた。
ちゅっ、ちゅっ、とわざと音を鳴らすように淫裂へ唇を寄せると、彼女の太ももがぴくんと跳ねるのが伝わってくる。
あっ、あっ、そこ、あっ、そこ、そこ、むずむず、する……❤
茅野の声が、普段よりも半トーン高くなる。性的な快感を覚える体になっているとは思えない:羞恥心か、こそばゆさか。あるいはもしかすると。僕は邪悪な希望を抱いてクンニを継続する。隠れた淫核を、上から唇で押すように刺激して、淫唇の大枠をゆっくりと舌で周回する。すじのあわせ目あたりを舌先でつついたり、口を大きく開けて陰部全体を頬張るように唇で包む。
ふあ、あふ、きずく、せっくす、これせっくす
っちゅ……っ、ううん、これはまだセックスじゃないよ。まだゆっくり、慣らしてからだ
茅野の真っ白で細い尻を撫で、そこから太ももへつながる曲線をさらと撫で上げていく。掌、指、爪先、茅野の太ももの柔らかな肉にふれると、彼女はふっ、ふっ、と細かく切れ上がった呼吸を跳ねさせる。脚と、腰も、もどかしげに揺れている。
感じて、いるのか?この幼体が、僕の行為に。「気持ちいいか」と聞く代わりに僕は、手と口を使った愛撫をより一層濃厚にする。少し強い刺激、例えば指の先を僅かに立てるたり、歯の先で淫核の上を叩いたり、そうした愛撫を織り交ぜると彼女は、途端に反応を強めた。
きゃふっ……あ、あっ、あっ❤きずく、きずく、あっ、あっ❤
茅野の声が大きく上ずる。僕の口から逃れるように腰がくねり踊るが、僕はそれを捕まえてクンニを続ける。彼女の手が僕の頭に伸びて乗っかるが、本気で押しのけようとしていないのは、いつも世話をしているときの力具合と比べれば明らかだった。
ちゅぱ、ちゅっっ、ちゅぱっれろっ、っちゅっ
はーっ、はーっんっっ❤きずく、へん、おまたへんっ❤ムズムズする、おしっこでるっ❤きずく、あっ、あっ、あっ❤
彼女が僕のクンニリングスを受け入れ、快楽を覚え、その快楽を自覚して口にしている。それだけでもくらするほどの興奮を覚える。彼女の陰部から漂う芳しい香りはすでに成熟した女のそれに近い、違いがあるとすれば、若くみずみずしい青臭さを伴った性臭ということ。芽生えたての繁殖欲とその機能が、急激に適応を見せている。
茅野、えっちだ、可愛いよ、可愛いよ……
僕まで熱にやられたような、譫言じみた声が口をつく。本気ではなく形だけ、僕の頭を抑えようとする茅野の手はいつの間にか、彼女を求める情けない男を慰めるみたいに、僕の頭を撫でている。頭に感じる茅野の指の動き、体温が、茅野の存在を一層に近く感じさせた。そしてその接近感は今、ダイレクトに性欲へ転嫁されていく。更には、彼女は言葉でさえ僕を煽り立ててくるのだ、本当に、女に化けた彼女は、邪悪な天使として僕を誘惑している。
あっ、あっん❤築、そこ、もういい。せっくす、おちんちん、はやく❤
なんて、いやらしいんだ、なんて可愛いんだ、茅野!
茅野の脚を改めて開かせその間に体を重ねる。落ち着かせるように頭を撫でると、少しだけ不安そうにサファイアの目がくり動いた。
茅野はこれから、女になるんだ。子供じゃなくて、大人の女だよ。僕が、してあげるからね
うん
ペニスの先端を茅野の小さな割れ目に重ねる。無毛の幼穴の入り口はまだぴっちりと閉じていて、割られたことのないクレヴァスの奥へ白い素肌が疑うことなく続いている。その溝は、とても小さい。こんな所に、入るのか?……入れるんだ。
もう少し慣らしたほうが、そう思って愛撫かクンニをしようとそこに触れたときだ。
っ
茅野のすじ目の間に触れた指先に、ぬる、と滑る水気が伝わってきた。
ぬれ、て、いる……?
恐るとクレヴァスの方向に指を添わせてなぞると、間違いなく湿り気を帯びていた。小水ではないか?僕の先走りがうつっただけでは?いや、しかし、もしかして。再び彼女の股の間に顔を寄せそしてもう一度そこに唇を、舌をつけた。
きずく、はやく、はやく
悪魔の煽る声が頭上から降り注いでくる、唇に感じたのは本物のぬめり、元々漂っていた彼女の小水の香りは今はかき消されている、それを上塗っているのは、確かな雌臭。この幼い体で、彼女は、準備を終えていたのだ。
ああ、茅野!茅野おおおっ!!!
僕はまさしく憑かれたように愛しい女の名前を叫び、もう歯止めの効きそうにない理性の手綱を、いよ手放した。彼女の体を包み込み覆い尽くすように抱きついて、浅ましく腰を動かしながらペニスの先端の狙いを定める。とろけかけた未踏の雪溝の縁を亀頭の先端に感じる。ペニスは反り返り痛いくらいに勃起していて、神経も風にさえビリに感じるほど期待している。知恵遅れの少女を書生として迎え慰み者にし、ついに一線をこえ「茅野っ!」「んぎっっっっ!」た。
一気に力づくで最後まで押し込んだ。彼女の苦痛を和らげるだとか、もしかしたら裂けてしまうかもしれないだとか、そういう考慮はすでに理性の外側に放逐されていた。ちくわの中を通すような窮屈さが、亀頭を擦り上げた。茅野の膣は小さな体の見た目に違わず暴力的な細さで、ペニスの先端にも触れる感触がある、きっと、彼女の許容量は超過していた。
か……ひ……きず、く、いた、いよお
目を見開き苦悶に表情を歪める茅野、お腹の中に無理針突っ込まれた体積を和らげようとする防衛的な反応だろうか、口を開いて舌を出し何かを吐き出しそうな様子で浅い呼吸を引きつらせている。事実、挿入した膣は異様に狭く、セックスの相手としてはあまりにも幼く小さい。舌を垂らし、苦しそうに表情を崩す茅野、涎が溢れるのは息苦しさが過ぎるせいで唇や舌でそれを留めることが出来なくなっているせいだった。乗り物酔いで吐きそうになっているときの顔、今の茅野の顔は、それだった。口からはみ出した舌を引っ張ればそのままペニスが彼女の口から突き出すんじゃないか。
入ったよ、茅野……!どうだい、茅野、これが僕だ、感じるかい、僕を感じるかい!?
ひぐっ、ひっ……いたい、築、いたいっっ……!
彼女の苦しそうな表情を目の当たりにしながら僕は、余計に興奮を高めていた。茅野という女神像が汚れ俗化し、その彼女の処女をこうして無残に破壊した暴虐に、ナルシズムのような法悦が流れ込んでくる。
さっきまでのニンフェットはまるで卑劣に隠れるようになりを潜め、今は彼女は本の通りの幼い少女だ。破瓜の痛みに悶え、自分を組み敷く男をそれでも信じてその腕を痛いほどに握りしめている。
ごめんよ茅野、これがセックスなんだ。これがおとなになるってことなんだ、痛いかい?痛いよな、でも、でももうちょっと我慢してくれ、僕のために!!
うーっ!あっっ、あーーーっっっ!!
ああ、なんて健気なんだ、なんて美しいんだ、なんて可愛いんだ。愛おしい茅野、こんなに乱暴にしているっていうのに君は僕の腕にしがみついて抱きついて、僕を信じているなんて!
ペニスの摩擦を身勝手に求めて腰を振りながら、僕は上半身を起こして結合部を見る。汚れなく美しかった白いクレヴァスは血を流し、痛々しく押し広げられて、野蛮な肉棒に犯し貫かれている。小さすぎる体に鮴押した挿入の苦痛を、下腹部に膨らみが訴えている。幼く白い平野だったそこは、暴虐な蹂躙によって膨らみ上がっていた。俗化した女神に向かって卑劣な情欲を燃え上がらせ腰を振り、狭すぎる穴で肉棒を摩擦する快感は冒涜の背徳感と乗算して更に拡大する。
きずく、きず、くっっ……!いたいよ、いたいよおっっ!
茅野、茅野、茅野っっ!
コミュニケーションの成立しない、レイプと相違ない獣交。僕の中で暴れまわる獣性はセックスと交尾を混同している。劣性、敗北、パートナに捨てられる惨めな雄は、僅かな可能性に縋り忍び寄り、暴力に訴え、略奪し、強姦してでも自分の遺伝子を女に託そうとするものらしい。僕の脳を支配しているのは、茅野の意思に関わらず、茅野の無知に関わらず、彼女に自分の子供を産ませたいという、独善的で横暴な肉欲だ。ペニスの付け根に熱の塊を植え付け、精虫を増殖し活発化させ、犯す女に遺伝子を押し付ける。
ぐぼ、ぶぶっ、狭い膣道に無理やり挿入されたペニスが、出入りのたびに窮屈に空気を巻き込む。愛液は分泌されているが、きつすぎて潤滑剤の効を成していない。ぎちに締め上げられるペニス、雁首の敏感な箇所が乱暴に擦り上げられて、射精を強いる快感電流が裏筋を通って睾丸へ突き抜ける。
はっ、はっ、茅野、茅野、気持ちいいよ、茅野のなか、最高だよ!
うっぐ、あ、あっっ、あっ!さい、こー?あたい、さいこう??
ああ、茅野は世界で一番だ。世界で一番美しくて、世界で一番強くて、世界で一番賢いんだ!ああ、茅野、愛してる、愛してる茅野!だから、産んでくれ、僕の子を産んでくれ!
う、っあ、はーっっ、はーっっう、うむ、築のあかちゃ、う、むっっ!
れい子にを孕ませられなかった貧弱なそれと全く違う、熱く暴れる貪欲な精虫が、精巣からぷつと巣立っていくのがわかった。女を、卵を犯させろと猛り狂う精虫が、ペニスの先端から出たがっている。脳も、脊髄も、海綿体も、それに茅野という女神を求める男の本能も、殺気立つ精子の要求を肯定している。腰が止まらない、止めるつもりもない。茅野のことなど微塵も考えずただ射精を果たすためだけの腰振り、性器摩擦、レイプ。
茅野、茅野、出すよ!茅野の中に赤ちゃんの素を出すからね!茅野、受精しておくれ、僕の精子で!産んでおくれ、僕の子を!茅野は僕のもの、いや、僕を茅野のものにしてくれ、女神よ僕を、支配してくれ!
築っ!築っっ!で、でるの?びゅー、する、のっ?白いおしっこ、あたいのなかに?
そうだ、茅野、白いおしっこは赤ちゃんの素なんだ。こうやって茅野の中に出すと、きっと赤ちゃん出来るからね……!
う、ぐっ!うん、うんっ❤
苦しそうな反応こそ見せるが、茅野はもう痛いとは言わなくなっていた。恐らく痛みが消えているわけではない、ただ、きっと茅野は、本当に女になったのだ。男を受け止め、男の身勝手なセックスを抱擁し、子供をなだめて慈しむような、そんな女に茅野は、なろうとしていた。そう、僕のために。僕のために。僕のために。僕のために!女神、君は!
はっ、射精る、射精るよ、茅野っ!!!
あっ!あっ、あっ、ああっ!あかちゃんっ、あかちゃんきて、あかちゃん、築の赤ちゃんきてっ❤
茅野は僕が射精に向かっているのを察して、いつも僕がペッティングしていたときにそうさせていたように、僕のことを求めるみたいに両手を伸ばしてくる。僕はその手の中に頭を入れ、そのまま彼女の唇を吸った。乱暴に。唇を割り、顎をこじ開けて舌で侵略し、唾液を流し込んで茅野の口の中を僕で満たしてやる。茅野はそれを素直に受け入れ、舌に舌で答え、唾液をいじらしくも全て飲み込もうと努力する。息苦しさで鼻息が荒くなっているが、純白の小悪魔がそんなふうに鼻息を荒げているのは、興奮を高める以外の何物でもない。
……っ、あ、っっっっ!で、射精るっ!!
っっっ!?❤
どぼっっっ!!どぼぶっっッん!ぶびゅっ、びゅっ、どぶっっっ!
あーっっ、う、あ、あっっ、あっっっっっ!!❤
お、んヲっっ、す、すご、ペニスが、吸い付かれっ
限界を迎えたペニスは堰を切って精虫の怒濤を注ぎ込み、茅野の小袋を満たそうとする。まるで根本から精液を吸い上げ引きずり出されるような感覚がペニス全体に絶頂の渦の形を見せつける。彼女の小さな子宮の入り口めがけて、鈴口から吹き出した精液の量は、まるで若い頃のように熱く濃厚で、何よりも大量だった。茅野を求め子供を産ませたい欲求が高ぶりすぎて、精巣がバグっている。際限なく精子を生産して、もう一回いや、もう何回でも何回でも永遠にでも、この女神と交尾しろと訴えかけてきている。
ぅ……んヲっ❤
―っ、―……❤
ペニスを彼女のヴァギナから引き抜こうとすると、抜き取ろうとするぎちの摩擦だけでもまた、絶頂できそうに再勃起してしまう。ずる、ずる、と、入れるときとは異なり少しずつ引き抜いたのは、一気に引き抜けばまとまった快楽がペニスを突き刺しもう一発射精する未来が容易に想像できたからだ。
ぶぼっっ!
狭さ故に密着度が高いまんことちんこが、引き抜けて離れるとき、まるでバキュームフェラされているように尿道のそこから精液を吸い出される。
うっ……
とぷっ、ぴゅっ
狭くてキツイ膣道から、天然のペニスバキューム食らう、もう一発漏らすように吐精してしまった。そしてようやくペニスが茅野のヴァギナから抜ける。抜け去ったあとの彼女の膣は、レイプ前の美しく形の整った筋目を失い、ぽっかりとくつろげられたヌメリを帯びる肉穴に変貌していた。破瓜の血のシミを残し、僕の精液を絡めながら蠢く粘膜穴。こんなふうに変貌させたのは僕だ。僕が茅野を大人の女にしたんだ。
茅野を見ると、苦しそうな表情に息を絶え絶えに顔を真赤にして、でも熱っぽい表情で僕を見つめていた。そんな彼女を見ているとまた堪らなくなる、獣の興奮が再発して、射精後の敏感さ余韻を残しているペニスが性懲りもなく勃起した。自制心を失っている僕は、ペニスを握りしめて彼女の顔の前に向ける。
そういうときにどうすべきか、彼女はもうわかっている;日夜女神茅野の体を汚し続けていたのだから。茅野はまだ整い切らない呼吸を押して口を大きく開き舌を出してそれを待つ。待っていてくれる。僕の射精を!
うっ……!
三度目の射精はもう勢いが失われている、僅かな飛沫が飛んだだけで殆どは僕の手から垂れる程度の情けない射精だ。でも茅野はペニスを握る僕の手を、それごと両手で包み込んで、口を寄せて舌を這わせてくる。情けなく漏れ垂れた活きの悪い精虫を、彼女は舌で掬い唇で拭って、口に含んで飲み下してく。
茅野……いいこだね、可愛いよ。愛している、茅野
そうしたいじらしい、まるで奉仕のような(彼女にそうした意思があったとは思わないが)行為を受けて、愛しさのあまり彼女の上に倒れ込むように抱きつく。これだけ激しくレイプを受けても、茅野は僕を受け止めてくれた。
彼女の体はそれでも少しひんやりとしていて、奥に孕んだままの熱はじんと内側に保たれているようだった。
小さな女神に抱きついて僕は彼女の方の上に顎を宿らせ、小さな体に身を委ねてしまう。激しい交合と爆発するような絶頂、連続の射精で、僕は彼女に生気を吸い取られたみたいにぐったりと動けない。
茅野……愛してる
眠気に襲われて抵抗できず、まるで断末魔のように呟き彼女の腕の中に溶けていく僕。
僕の体に小さな手を回して抱きつきながら茅野は、まるで欲しかった玩具を手に入れた子供のように無邪気にどこか残酷さを残した笑みを浮かべて僕を見ていたのを、僕は、知らなかった。